kspz9568cの投資ブログ

投資、報告、考え方

大きな含み損も、結局利益になっていくこともある

大きな含み損も、結局利益になることもある。 人生においても、まったく無駄な時間を過ごしてしまったと思うような時間も、それをしっかりと反省に使えば、有益な時間になる。むしろ、無駄だったと思っていた時間に考えていたことが、実は後々有益なことにつながっていくこともあるのである。

今は株価が高い

今は全体的に株価が高い時なのではないかと思う。(何とも言えないものでもあるが) 株は安いときに買って、高いときに売るべきものである。 個別で見れば、安い株もあるだろうから、そういうのを探すとよい。

永遠に値上がりしない株もある

永遠に値上がりしない株もある。 そういう株を買った経験は、ほかの場面で、そういうことがこれから無いように気を付けるという面で役に立つかもしれない。 それは、ある時には学んだが、それ以降は死ぬまで一度も使われることのない知識に似ている。

株式投資の時間

株式投資でも、値動きがほとんどない期間というのはあるが、ある時いきなり、株価が上がることがある。 それは、予期せぬものであるから、値動きがない期間持っていたことにも意味があるのである。

わけのわからない時間には価値がある

ポプテピピックというアニメがあったが、あれを見ている時間は、自分の人生にとってどのような意味があった時間なのか。全く意味のない時間だったのかもしれない。 しかし、そもそも、人生というのは何か目的があって過ごしている時間のほうが少ないのではないか? いや、いつも何か目的をもって過ごしている、と主張する人もいるかもしれないが、何か目的に向かっているときでさえ、その目的のことを忘れて全く別のことを考え…

抽象するとは

具体的なものからある性質などを取り出すことを抽象するという。 よって、取り出される性質というのは、具体的なものである。 水について考える。その辺にある水から、それが液体である、という性質を抽象することができる。それは水について具体的に述べている。 液体という概念は、様々な物質の状態に対して液体であるという状態を取り出すことができるのだから、抽象的な概念である。

夢の中の文字の認識

夢の中で文字が出てくることがあるが、それをうまく認識できるのは稀である。 多分、形はしっかりしているのだろうが、認識しようとする脳の方がうまく働かず、夢の中で文字を読むことができないのだろう。 もしくは、文字が途中で変化してしまってこていしていないのかもしれない。なんとなくそういう感覚が記憶に残っていることもあるのだ。

私は夢を見る。 全くごちゃごちゃな夢を見ることもある。 今夢を見ていると認識しながらの夢もある。

私の好きな感覚はいつ現れるか

部屋の中にいるときはあまり感じられない。 美しい絵画を見ているときに感じられることがある。 まぶしすぎる光の中ではあまり感じられない。 夕方ぐらいの明るさの中で感じられることが多い。 視界の中で明るさが徐々に変化していくような部分を見ているときに感じることもある。

好きな感覚とはどういうものか

最初に持った感想は、まるで映画を見ているような視覚である。ということだった。 他には、全くわからないたとえになるかもしれないが、絵画があり、その絵画には複数の人物がいて、なぜかその人物だけが絵画の中で動いており、私はその複数の複雑な動きをしっかり認識しているような感じである。 しかも、色がビビッドに感じられる。

私が好きな感覚

その感覚が現れたのはもうしばらく前のことになるが、高校に入ってからである。 今までにない感覚に、とても面白さを感じた。 もしかしたら皆が当たり前のように感じている感覚なのかもしれない。 しかし重要なのは、それまで感じたことが無かったような感覚を、新しく感じることができるようになったという点である。 その感覚以外の感覚については、今までの人生の中でほかに同じような感想を持ったものはなかったと思われ…

好きな感覚を求める

私は、行動の方針として、ある感覚をできるだけ感じられるようにしたいということがある。 普段はあまり感じないのだが、ある時その感覚を感じていることを認識する。 ある時感じているその感覚が好きなのである。 その感覚は視覚的なものである。今日はそれを感じられた。

自分が面白いと思うものに集中すべきだ

自分が面白いと思うことに集中することによって、その人のパフォーマンスは最大限に発揮されることになると思う。それは自分の幸福につながっていくだろう。ただし、他人の幸福を妨げるようなものであってはならない。 そういうものを見つけることは難しいことだろう。